[初心者必読] 初めてのお遍路旅。「お礼参り」-番外編- 高野山奥の院 | 四国88カ所

四国八十八カ所
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お礼参り -番外- 高野山奥の院

第八十八番札所「大窪寺」から番外札所「高野山」へ、四国八十八ヶ所全てを無事に回り終えると、高野山・奥の院へお礼参りに参拝する。

高野の玄関口「大門」から高野山の聖地「壇上伽藍へ(中門、根本大塔、金堂など)」

その後、高野山真言宗の総本山「金剛峯寺」へ。最後に、弘法大師御入定の聖地「奥の院」へ参拝する。

四国お遍路を結願すると、その後「お礼参り」をする習わしがあります。

無事に参拝できたことを感謝し、お礼を申し上げる参拝は、和歌山県「高野山・奥の院」です。

今でもお大師様が仰臥されているという場所で、奥の院は真言密教の最大の聖地です。

参拝を済ませてここで満願の御朱印を頂きます。

納経帳や納経軸を必ず忘れずに持参してください。

 

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山上の聖地「高野山」

弘法大師により約1200年前に開かれた真言密教の根本道場である高野山。

周囲を八葉蓮華の山々に囲まれた標高約900mの盆地に、堂宇や塔が立ち並ぶ壇上伽藍と称する聖地が広がり、今も仏像や曼荼羅が参拝者を迎えています。

西暦835年3月21日、高野山・奥の院に入定(即身成仏)されたお大師様は、現在も生き続けておられると考えられています。

その証に、今でも高野山の僧侶が毎日朝晩の食事を献膳し、衣替えも行われています。

 

高野山「奥の院」

弘法大師御廟は奥の院の最奥にあり、三方を山に囲まれその山すそを玉川が流れる静寂の地にあります。

玉川に架かる御廟橋は石組み橋で石板の数は36枚あります。

表からは見えませんが裏側には仏さまを表す梵字が刻み込まれています。

この橋を渡る時は仏様の上を歩いて渡るわけですから、杖を使わないようご注意下さい

奥の院へ、御廟橋を渡ると燈籠堂、奥へ進むと弘法大師の御廟があります。

また、燈籠堂の地下には大きな独鈷とお数珠に触れてお参りすることができます。

注意:御廟橋から内側はお大師さまのお休みになられている聖域ですので飲食、喫煙、写真撮影等はできません。

※高野山は、恐山、比叡山 と並ぶ日本三大霊場の一つでもあります。

 

 

歴史的著名人が眠る

一の橋から弘法大師御陵までの約2kmの参道には、約20万を超える墓や供養塔が建立されています。

皇室、貴族、法然(浄土宗)や親鸞(浄土真宗)ら各宗派の開祖に、織田信長、明智光秀、豊臣家といった戦国武将など、宗派をこえて新たな階層の人々の名が見受けられます。

これは弘法大師の足元に眠れば極楽往生できるという信仰に基づいています。

 

番外 高野山 奥の院(こうやさん おくのいん)

宗派:高野山真言宗

本尊:薬師如来

開基:弘法大師

創建:弘仁7年(816年)

〒648-0211  和歌山県伊都郡高野町高野山550

アクセス:南海高野線高野山駅より、南海りんかいバス「奥の院」行き、奥の院前下車、徒歩10分。

TEL:0736-56-2002

拝観:境内自由

駐車場:普通車250台「無料」

宿坊:近隣あり

 

 

高野山の大門

高野山の入口にそびえ、一山の総門である大門。

開創当時は現在の地より少し下った九十九折谷に鳥居を建て、それを総門としていたそうです。

山火事や落雷等で焼失し、現在の建物は1705年に再建されました。

五間三戸の二階二層門で高さは25.1mあり、宝永2年(1706)に再建。

左右には金剛力士像が安置。

この仁王像は東大寺南大門の仁王像に次ぐ我が国二番目の巨像と云われ、江戸時代の仏師康意(阿形像)運長(吽形像)の作です。

正面には「日々の影向を闕さずして、処々の遺跡を檢知す」という聯が掲げられています。

この聯は、「お大師さまは毎日御廟から姿を現され、所々を巡ってはわたしたちをお救いくださっている」という意味であり、同行二人信仰を表しています。

また、大門の横手には弁天岳登山口があり、山頂には弘法大師が勧請された嶽弁才天が祀られています。

 

 

壇上伽藍

「僧が修行する静寂の園」という意味を持つ壇上伽藍。

高野山全体の総本堂である「金堂」や、高さ50mの多宝塔「根本大塔」などの堂塔が建ち並ぶ、高野山のシンボルともいえます。

大塔正面にある「梵鐘」は、1547年に改鋳したもの。

「高野四郎」の名で親しまれており、現在でも、午前4時、午後1時、 午後6時、午後9時、午後11時の1日5回、時を知らせ、合計108つの鐘を鳴らしています。

境内には根本大塔、金堂など19の建造物が建ち並びます。

また、金堂と御影堂の中間に、朱塗りの瑞垣で囲まれた「三鈷の松」と呼ばれ松の木があり、三葉の松の落ち葉を拾うと縁起が良いとされ、その落ち葉をお守りとして持ち帰えられたりしています。

 

金堂

平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。

現在の建物は7度目の再建で、昭和7年(1932年)に完成しました。

梁間23.8m、桁行30m、高さ23.73m、入母屋造りですが、関西近代建築の父といわれる武田五一博士の手によって、耐震耐火を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート構造で設計・建立されました。

内部の壁画は岡倉天心に師事し日本美術院の発展に貢献した木村武山画伯の筆によって、「釈迦成道驚覚開示の図」や「八供養菩薩像」が整えられました。

本尊の薬師如来(秘仏)は、洋彫刻の写実主義に関心をよせ、江戸時代までの木彫技術に写実主義を取り入れて木彫を近代化することに貢献された、高村光雲仏師によって造立されました。

「拝観料大人:200円」

 

 

根本大塔

お大師さま、真然大徳と二代を費やして816年から887年ごろに完成したと伝えられます。

お大師さまはこの大塔を法界体性塔とも呼ばれ、真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたので古来、根本大塔と呼んでいます。

現在の建物は1932年(昭和7)に着工し、38年に完成したもので16間四面、高さ16丈(約50m)の2層の多宝塔様式の塔としては日本最初のものといわれる。

本尊は胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏が取り囲み、16本の柱には堂本印象画伯の筆による十六大菩薩、四隅の壁には密教を伝えた八祖像が描かれ、堂内そのものが立体の曼荼羅として構成されています。

「拝観料大人:200円」

 

 

金剛峯寺

高野山は海抜約900mの山上に広がる東西6㎞、南北3kmの盆地で、内八葉外八葉の峰々に囲まれ、ちょうど蓮台のような地形をしています。

また金剛峯寺の名称はもとは高野山一山の総称で、全国3,600カ寺に及ぶ高野山真言宗の総本山です。

建物は文禄2年(1592年)豊臣秀吉が母親の菩提のため応其上人に命じて建立した寺で、明治2年までは青巖寺れていました。

真言宗の宗祖として知られる空海(弘法大師)が、今から約1200年前に建立した霊場です。

金剛峯寺の奥殿の前にあり、石庭として日本最大の石庭(2340平方m)である。

雲海の中で雌雄一対の龍が向かい合い、奥殿を守っているように表現されている。

龍は四国産の青い花コウ岩140個、雲海には京都の白川砂が使われています。

総本山「金剛峯寺」のHPは、https://www.koyasan.or.jp/

所在地:和歌山県伊都郡高野山132 TEL:0736-56-2011

「拝観料大人:500円、駐車場無料。」

 

 

女人堂

高野七口の一つ、不動口に現存する唯一の女人堂。

かつて七口すべてにあった女人堂は高野山が女人禁制だったころに、女性が真言をひと晩中唱えていた場所。

高野山の外周には女人道があり、女性は峯から峯を巡りながら樹間から垣間見える壇上伽藍や奥の院に手を合わせて参拝したといわれています。

明治になって女人禁制が解かれたあと、「女人堂」は参拝者の休憩所に利用されています。

 

 

徳川家霊台

寛永20年(1643年)に三代将軍・家光によって建立されました。

一重宝形造りの建物が二つ並んでおり、向かって右が東照宮家康公霊舎、左が台徳院秀忠公霊舎となっています。

境内の東端には三代将軍以下および御三家の尊牌堂がありましたが、明治21年(1888年)に焼失してしまいました。

 

霊宝館

火災などにより多くの文化財を焼失した歴史をもつ高野山に於いて、金剛峯寺をはじめ、各寺院の指定品(国宝・重文・県文)を一括管理しています。

国宝の二十五菩薩来迎図、仏涅槃図、八木童子像など国宝と重文だけでも130件1万8652点に及ぶ。

年数回の展示替えを行っています。

霊宝館のホームページは、http://www.reihokan.or.jp/

所在地:和歌山県伊都郡高野町高野山306 TEL:0736-56-2029

「拝観料一般:600円」

 

高野山の宿坊

高野山には52ヶ寺が宿坊として利用できます。

戦国武将ゆかりのお寺、美しい庭や襖絵を楽しめるお寺など、歴史や特徴もそれぞれです。

一般の参拝者も宿泊できるので高野山に訪れたなら、ぜひ宿坊に泊まって非日常的空間を味わってみてはいかがでしょうか。

問合せ先、高野山宿坊協会 http://www.shukubo.net/contents/

TEL:0736-56-2616

 

高野山「奥之院」箱書代参

四国88ヶ所霊場を巡拝する際に納経軸を持って行くと、納経所で1ヶ寺500円でお納経を頂く事ができます。

四国88ヶ所と高野山奥の院の全ての朱印を納経軸に頂き無事満願成就となります。

参拝後は、奥の院門前の仏具店で掛け軸の表装をお願いできます。

表装された御宝印軸は湿気から守るために桐箱に納められる。

桐箱は寒暖・乾湿の変化に強く防虫効果もあり、古来タンス等によく使われています。

上蓋の表書きは、四国八十八ヶ所霊場参拝、裏側には功徳主として参拝した夫婦の氏名・結願日(平成二十七年十二月吉日)と書いてあります。

高野山の箱書きが加わると、一段と風格が増します。

※掛け軸の表装代金は(55.000円より)御宝印軸を納める桐箱に高野山・奥の院の箱書き(箱書代金別:3.000円)

満願年月日・功徳主名など満願の想いを掛け軸に残す事ができました。

 

 

四国八十八ヶ所を回り終えて

「一生に一度、四国八十八ヶ所のお遍路に行ってみたい」

思い起こせば、自宅から一番遠く離れた四国最南端、足摺岬の観光に訪れたのがきっかけで、四国八十八ヶ所をめぐる遍路の旅を決心しました。

第三十八番札所「金剛福寺」から廻りはじめて、足掛け3年余り…

四国4県を自動車遍路で走行距離約1400kmのお遍路旅でした。

遍路途中で寄り道や温泉に浸かり、観光スポットを巡り、地元産の食材を食すなど、楽しい旅行でした。

第八十八番札所「大窪寺」結願寺を無事回り終え、高野山へ満願のお礼参りに行ってきました。

八十八ヶ所全てを回り終えての達成感と充実感で満ち溢れています。

表装した納経軸(掛軸)も、季節の節目に(お盆やお彼岸など)床の間に飾っています。

機会があれば、もう一度お遍路に出かけたいと思っています。

 

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近年、四国八十八カ所のお遍路旅といえばひそかなブームとなっております。 四国八十八ヶ所の起源は1200年前にさかのぼります。 お遍路の旅は、延べ約1,400kmの道程、険しい山道や長い石段もあり、結願を迎えた時の達成感はひとしお...

 

四国八十八カ所地図

1番 霊山寺

2番 極楽寺

3番 金泉寺

4番 大日寺

5番 地蔵寺

6番 安楽寺

7番 十楽寺

8番 熊谷寺

9番 法輪寺

10番 切幡寺

11番 藤井寺

12番 焼山寺

13番 大日寺

14番 常楽寺

15番 国分寺

16番 観音寺

17番 井戸寺

18番 恩山寺

19番 立江寺

20番 鶴林寺

21番 太龍寺

22番 平等寺

23番 薬王寺

24番最御崎寺

25番 津照寺

26番金剛頂寺

27番 神峰寺

28番 大日寺

29番 国分寺

30番 善楽寺

31番 竹林寺

32番禅師峰寺

33番 雪蹊寺

34番 種間寺

35番 清瀧寺

36番 青龍寺

37番 岩本寺

38番金剛福寺

39番 延光寺

40番観自在寺

41番 龍光寺

42番 仏木寺

43番 明石寺

44番 大宝寺

45番 岩屋寺

46番浄瑠璃寺

47番 八坂寺

48番 西林寺

49番 浄土寺

50番 繁多寺

51番 石手寺

52番 太山寺

53番 円明寺

54番 延命寺

55番 南光坊

56番 泰山寺

57番 栄福寺

58番 仙遊寺

59番 国分寺

60番 横峰寺

61番 香園寺

62番 宝寿寺

63番 吉祥寺

64番 前神寺

65番 三角寺

66番 雲辺寺

67番 大興寺

68番 神恵寺

69番 観音寺

70番 本山寺

71番 弥谷寺

72番曼茶羅寺

73番出釈迦寺

74番 甲山寺

75番 善通寺

76番 金倉寺

77番 道隆寺

78番 郷照寺

79番 天皇寺

80番 国分寺

81番 白峰寺

82番 根香寺

83番 一宮寺

84番 屋島寺

85番 八栗寺

86番 志度寺

87番 長尾寺

88番 大窪寺

お礼参り

高野山奥の院

 

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