[初心者必読] 初めてのお遍路旅。第五十一番札所 石手寺 | 四国88カ所

四国八十八カ所
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第五十一番札所 石手寺

第五十番札所「繁多寺」から第五十一番札所「石手寺」へ、約3km(徒歩約50分、自動車約10分)

八十八ヶ所の中でも最も賑わっているお寺です。

参道には遍路用品や土産物店が建ち並び、名物の焼き餅の店もあります。

国宝の仁王門をくぐると正面に本堂、右に三重塔など、風格ある堂宇が点在しています。

寺の名は、遍路の元祖「衛門三郎」が死の間際に大師と出会ったという逸話に由来します。

 

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道後温泉に近く湯治客で賑わう「石手寺」

四国を代表する名湯「道後温泉」の近くにあるため、遍路のみならず観光客で賑わっています。

寺の歴史は古く神亀5年(728)聖武天皇の勅願で堂宇を建立したのが起源とされています。

石手寺前の信号から境内へ入ると小さなお堀に太鼓橋が架かっています。

その橋から見ると橋の脇に小さな石橋がある。これが「渡らずの橋」です。

弘法大師が経文を刻んだとされ、遍路が渡ってはならず「渡らずの橋」の上には弘法大師像や地蔵の石仏が並べられています。

 

 

多くの国宝と重要文化財

仁王門に続く参道は回廊になっていて途中には茶店などが並ぶ。

仁王門は国宝に指定され、高さ7m、間口は三間、横4m、文保2年(1318)の建立、二層入母屋造り本瓦葺き、左右に睨みをきかせる金剛力士像は仏師運慶の子、湛慶の作。

広々とした境内には仏の世界を描いた曼荼羅のように、三重塔釈尊を中心に五仏を配置して堂宇が建ち並んでいます。

ひときわ目を引くのが高さ23mの三重塔、文保2年(1318)に河野氏によって再建され国の重要文化財に指定されました。

 

安産・子授け祈願「訶梨帝母天堂」

この他の重要文化財は本堂をはじめとして、三重塔、鐘楼、訶梨帝母天堂、護摩堂の建造物があります。

訶梨帝母天堂の前には小石が山のように積まれている。

これはこの堂が子を守る鬼子母神を祀っているので、妊婦がここの石を持ち帰り、無事に出産すれば借りた石と別の石の2つを持参して感謝するという風習が今でも続いています。

また、この寺では多数の寺宝を収蔵し、境内の宝物館で展示・公開しています。

宝物館の裏手の大講堂では、衛門三郎伝説の小石「玉の石」を見ることができます。

次の第五十二番札所「太山寺」までは約10mの道程です。

 

 

熊野山 石手寺(くまのざん いしてじ)

宗派:真言宗豊山派

本尊:薬師如来

開基:行基菩薩

創建:天平元年(729)

御詠歌:四方をよそとは見まじあんようのてらにまいりてうくる十楽

真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

〒790-0852 愛媛県松山市石手2丁目9番21号

アクセス:松山インターチェンジから国道33号線を松山市街へ。天山交差点を右折し環状線に入ります。更に国道317号線に入る。最初の交差点を左折すると正面にあります。

TEL:089-977-0870

拝観:境内自由

駐車場:民営駐車場4ヶ所・有料

宿坊:なし

 

 

四国遍路の元祖「衛門三郎」の伝説

第四十六番札所「浄瑠璃寺」第四十七番札所「八坂寺」。このあたりの地域は四国遍路の元祖とされている「衛門三郎」の出身地だといわれています。

「衛門三郎」は平安時代に伊予国を治めていた河野家の一族で、浮穴郡荏原(現在の松山市)の豪農で権勢をふるい、民の人望が薄かったそうです。

ある日、門前にみすぼらしい身なりの僧が現れ托鉢をしようとしたので、衛門三郎は家人に命じて追い返しました。

翌日もそしてその翌日と何度も僧は訪れました。

衛門三郎は怒気満面、いきなり僧の捧げる鉄鉢をつかみ地に叩きつけました。

すると鉢は8つに割れてしまいまい、僧の姿も消えてしまったとのことです。

 

その後、衛門三郎の8人の子供が立て続けに亡くなりました。

悲しみに打ちひしがれる衛門三郎の枕元に空海が現れ、あのときの僧が空海だったことを知る。

四国を巡礼している空海に会って懺悔するため、家や田畑を売ってお金に換え、それを持って四国巡礼を始めたのが「四国遍路」の原型とされています。

 

20周巡礼しても空海に会えず、逆まわりに巡礼することにし(「逆打ち」の原型)、逆まわり3回目に徳島県の「焼山寺」近くで空海と出会うことができ、そこで過去の罪が許されました。

さらに、空海は衛門三郎の願いを一つ叶えると約束したのです。

「来生は国の政治を司る役人として国司になりたい」と言いました。

この時、空海は衛門三郎の左手に小石を持たせ「必ず一国の主に生まれ変わるのだぞ」と語りかけました。

すると、力尽きていた衛門三郎は安心して息をひきとったといわれています。

 

のちに、この地方の豪族・河野息年に長男が生まれたが、赤ん坊の左手は開こうとしませんでした。

そこで河野家の菩提樹である安養寺の住職に祈祷をしてもらうと左手が開き「衛門三郎」と書かれた小石が出てきました。

これにちなみ、寺名を安養寺から石手寺へと改名しました。

 

 

 

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