九州の人気温泉地特集 – 長崎・佐賀編 –

温泉王国として名高い九州地方

大分県(別府温泉、湯布院温泉)、佐賀県(武雄温泉、嬉野温泉、古湯温泉)、熊本県(黒川温泉、小国郷温泉、平山温泉)、鹿児島県(指宿温泉、霧島温泉)長崎県(雲仙温泉、小浜温泉、島原温泉)などはじめ、温泉王国の九州地方にはさまざまな温泉が点在しています。

また、温泉地周辺には、定番の観光スポットもたくさんあります。

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異国文化の町、長崎県の見所

昔から海外との交易が盛んであった長崎は、日本最古の木造洋館から国宝の大浦天主堂など、異国文化を融合させた独自性を確立し、ほかにはないエキゾチックな雰囲気が魅力的です。

長崎市内から約1時間半、島原半島のほぼ中心で、標高1300mを越える雲仙山系の四季が美しい雲仙温泉は、硫黄の香りに包まれた硫黄泉は美肌効果が期待できます。

雲仙温泉

島原半島中央にそびえる雲仙岳一帯は、日本初の国立公園に指定された温泉保養地です。

大正時代に外国人避暑地として賑わった歴史ある温泉地です。

温泉街の中心部にある雲仙地獄地帯は、至る所から高温の温泉と噴気が激しく噴出し、強い硫黄臭が漂う中もうもうと立つ湯けむりは、恐ろしげな地獄の景色そのものです。

雲仙地獄めぐり

雲仙温泉を代表する観光名所「雲仙地獄めぐり」

硫黄の臭いが漂い、あたり一面は白い噴煙が立ち上る光景は、まさに地獄そのものです。

ここはキリシタン殉教の舞台になったところでも知られ、殉職碑も建てられています。

大叫喚地獄やお糸地獄、清七地獄など30余りの地獄が点在し、2016年秋にリニューアルされ遊歩道も整備されています。

今までの「見る地獄」から「体感する地獄」へと生まれ変わりました。

地獄めぐりの途中には、湯けむりであっという間に蒸しあがった温泉たまごは地獄名物の一品です。

●雲仙温泉観光協会のHPは、http://unzen.org/

所在地:長崎県雲仙市小浜町雲仙 TEL:0957-73-3434 (雲仙温泉観光協会)

小浜温泉

雲仙岳の西麓、橘湾の海岸一帯に湧き、野母半島を望む温泉で、特に落日の景観のよさは絶品です。

高い温泉温度と豊富な湯量が自慢で、至るところで蒸気が立ち上がっています。

泉質は食塩泉で、リュウマチ、神経痛、痛風などに効くとされる温泉です。

海岸沿いに約30軒の旅館・ホテルが建ち並び、新鮮な海の幸が味わえます。

また、日本一「105mの足湯」が、平成22年2月2日に誕生!熱量日本一の小浜温泉は源泉温度105度。

その「105」に因んで「105mの足湯」ができました。

名前は「ほっとふっと105」

●小浜温泉観光協会のHPは、http://www.obama.or.jp/

所在地:長崎県雲仙市小浜町北本町14-39 TEL:0957-74-2672

世界遺産「旧グラバー住宅」

長崎港を見下ろす絶景地「グラバー園」は、安政6年(1859年)横浜、函館とともに開港した長崎には、南山手、東山手を中心にたくさんの洋館が建ち並んでいました。

その大切な遺構を出来る限り保存しようとしてグラバー園が作られました。

現在のグラバー園には、国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅を核に、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築復元し、西洋の雰囲気を醸し出しています。

※旧グラバー住宅は日本最古の木造洋館建築で国の重要文化財に指定されています。

「拝観料大人:610円」

●グラバー園のHPは、http://www.glover-garden.jp/

所在地:長崎県長崎市南山手町8番1号 TEL:095-822-8223

日本最古の教会「大浦天主堂」

フランス人プチジャン神父によって元治元年(1864年)に建てられました。

一歩足を踏み入れると荘厳な空気に包まれます。

細工を施した中央祭壇やステンドグラスが印象的です。

この教会は西坂の丘で殉職した26聖人に捧げるために建てられた教会で正式名称は「日本26聖殉教者聖堂」と言います。

この教会ができてまもなく、浦上村の潜伏キリシタンがこの教会を訪れ、プチジャン神父にひそかに「私どももあなたと同じ信仰をもつ者です」と打ち明けた。

この「信徒発見」のニュースはローマへ伝えられ、教皇ピオ9世は感激して、信徒発見を東洋の奇蹟と呼んだといいます。

天主堂へ向かう坂の左手には、慶応元年(1865)3月17日の潜伏信徒発見を記念した公園があります。「拝観料大人:600円」

●大浦天主堂のHPは、http://www1.bbiq.jp/oourahp/

所在地:長崎県長崎市南山手町5-3 TEL:095-823-2628

出島和蘭商館跡

出島は海に突き出すように扇状にできた埋立地のこと。

寛永13年(1641)~安政6年(1859)の開国まで約220年間、出島は阿蘭陀屋敷と屋ばれた。

日本で唯一西洋に開けた貿易地としてオランダからさまざまな文化がもたらされた。

生糸薬品、ガラス製品、特に医学や天文学などの蘭学は、日本の近代化大きく貢献しました。

現在19世紀初頭の出島を復元する計画が進行中で、既に25棟を復元し見学することができます。「入場料大人:510円」

●出島のHPは、http://nagasakidejima.jp/

所在地:長崎県長崎市出島町6-1 TEL:095-821-7200

日本三名橋「眼鏡橋」

石造りで半円形が二つ並んだ「眼鏡橋」。

17世紀、長崎の町並みは拡大され護岸を構築し、ほぼ現在の中島川が形づくられました。

このころは、キリスト教禁教の時代であり、唐文化の導入により興福寺などの仏寺が次々と建立されました。

寛永11年(1634)、興福寺の黙子如定禅師が架設したこの眼鏡橋は、長さ22m、幅3.65m、川面までの高さ5.46mで日本初のアーチ式石橋として有名です。

川面に映った影が双円を描き、「メガネ」に見えることから、この名前がついたと言われています。

東京都中央区の「日本橋」、山口県岩国市の「錦帯橋」と並び日本三名橋に数えられています。

所在地:長崎県長崎市魚の町

稲佐山公園展望台

長崎の夜景は2012年に開催された「夜景サミット2012 in 長崎」において、香港、モナコと共に「世界新三大夜景」に選ばれました。

また、函館市の函館山、神戸市の摩耶山と並び、稲佐山は日本三大夜景の1つに数えられ、美しい夜景を眺められるスポット、そこから眺める夜景は1000万ドルの夜景とも言われています。

長崎港を囲むように街の夜景が広がり、海面に映り込む街の光が美しく、女神大橋のライトアップがいいアクセントとなっています。

山頂にはビュータワーと呼ばれるガラス張りの建物があり、その屋上の展望台が最大のビューポイントで、360度長崎の夜景を眺めることができ、床にはLED照明が使われ、いくつものイルミネーションパターンで幻想的な雰囲気を出しています。

展望台までは一般車両の乗入禁止。

長崎ロープウェイを利用

稲佐山山頂まで5分で運行する長崎ロープウェイ、標高333mの山頂から市内全景を望むことができ、天候の良い日は雲仙・天草・五島列島までも遠望できます。

淵神社駅から稲佐山まで約5分、15~20分間隔で運行しています。

「ロープウェイ運賃大人往復:1230円」

●長崎ロープウェイのHPは、http://www.nagasaki-ropeway.jp/

所在地:長崎県長崎市稲佐町364-1 TEL:095-861-6321

軍艦島(端島)上陸

長崎半島から西に約4.5Km、長崎港から南西に約19Kmの沖合に浮かぶ軍艦島は、正式名称を端島といいます。

南北に約480m、東西に約160m、周囲約1.2Km、面積約63,000m³の小さな海底炭鉱の島で、塀が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶ外観が、軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。

長崎市の軍艦島(端島炭坑)と産業革命遺産が、2015年「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として、2015年7月に世界文化遺産に登録された。

長崎県平戸市観光

日蘭交流の面影が残る城下町「平戸」は、南北約45kmほどある大きな島です。

平戸市は九州本土の平戸市田平町との間に潮流の早い平戸瀬戸があるが、1977年に朱塗りの平戸大橋が架かり九州本土と直接陸路でつながりました。

平戸市内は教会と寺院が隣り合っている風景は南蛮貿易の中心地で、当時の商館跡などの史跡も多くあり、加えて代々松浦藩の城下町として栄えた邸宅跡や松浦資料博物館、平戸城など見所もたくさんです。

平戸城(別名:亀岡城)

慶長4年(1599)松浦家26代鎮信は三方を平戸瀬戸に囲まれた亀岡山に「日之岳城」を築きました。

しかし徳川家康は、豊臣秀吉と親交が深かった松浦家に疑いのまなざしを向けた。

鎮信はその疑いを払うため「日の岳城」を焼却、平戸6万1,700石と民を守りました。

以来約90年間を「御館」で過ごしますが、30代棟となって1704年「平戸城」の再築を開始、1718年に完成しました。

明治6年廃城となり昭和37年平戸市により復元されました。

天守閣内部には国の重要文化財に指定されている「環頭の太刀」や松浦藩資料や武具、隠れキリシタン資料などが展示されています。

「入場料大人:510円・駐車場無料」

●平戸城のHPは、http://www.hira-shin.jp/hirado-castle/

所在地:長崎県平戸市岩の上町1458 TEL:0950-22-2201

平戸ザビエル記念教会

1931年(昭和6)に建てられたカトリック教会の建物で、平戸カトリック教会というのが正式名称です。

この一角に、1550年(天文19)平戸を訪れたフランシスコ・ザビエルを記念して立像が建てられ、これを機に教会の名称も聖フランシスコ・ザビエル記念教会と改められた。

海岸通りから続く石畳の坂道を登ると周囲の寺院に取り囲まれるようにモスグリーンの尖塔が望め、平戸ならではのエキゾチックな風景を見ることができます。

所在地:長崎県平戸市鏡川町259-1

生月島観光

平戸島のさらに北西部に位置する生月島は生月町でしたが、平成17年の平成の大合併で平戸市生月町となりました。

1991年に平戸島との間の辰ノ瀬戸に長さ960mの生月大橋が架かり、平戸大橋を経由して九州本土と陸路がつながり、それまで平戸までのフェリーに頼っていた島民の足はバス路線や車になり大変便利になりました。

生月島は海と緑にかこまれた大自然がいっぱいの島です。

大バエ灯台

生月島の最北端部は高さ100mの断崖になっており、その断崖の上に白亜の大バエ灯台が建っています。

この大バエ灯台は展望台も兼ねている珍しい灯台で、灯台の展望台に立ち下の海を見ると目もくらむ高さです。

天気の良い時は灯台からは壱岐、対馬を望むことができ、視界いっぱいに水平線が広がる景色は素晴らしく、まさに360度の展望が楽しめます。

灯台から岬の陸部分はなだらかな草原になっており8月には「はまゆう」の群生が見れます。

塩俵の断崖

西部の海岸線はほとんどが断崖で、中でもひときわ不思議な形をしているのが塩俵の断崖です。

この奇岩は柱状節理といい、溶岩台地の上に玄武岩が重なり、垂直方向に亀裂が入って5~7角形の断面を作ることにより、あたかも柱がいくつも立っているような形になるのです。

南北に500m、高さ約20mの規模があり、その見事な景観は、長崎県新観光百選にも選ばれています。

西海国立公園「九十九島」

西海国立公園屈指の景勝地を約50分でめぐる九十九島遊覧。

九十九島は、佐世保港の外側から北へ25kmにわたり島々が点在する海域のことで、島の密度は日本一といわれています。

九十九とは数がたくさんあるという意味で使われる例えで、佐世保市から平戸に至る海域に大小208の島々が広がり、とくに南九十九島は、奇岩におおわれた丈ヶ島や、千畳敷の岩場が続く長南風島など、個性的な島が多くて見逃せません。

●九十九島遊覧のHPは、http://www.pearlsea.jp/cruising/

所在地:長崎県佐世保市鹿子前町1008番地 TEL:0956-28-4187

西海国立公園

西海国立公園は1955年(昭和30年)3月16日、日本で18番目に指定を受けた「外洋性多島海景観」を特色とする国立公園です。

そのエリアは広範囲にわたり九州本土側では、長崎県北西部一帯とその西側海上に浮かぶ「九十九島」や、本土と架橋により連結された平戸島・生月島があり、五島列島側では、北は宇久島から南は福江島に及んでいます。

総面積24,646haにもなる海の国立公園には、大小400にもおよぶ島々が存在しており、まさに「島々の王国」と言えます。

五島列島「福江島」

五島列島は、九州長崎の西方100kmに浮かぶ大小140余りの島々からなり、美しい海と豊かな自然に恵まれ、四季を通して釣りやマリンスポーツなどが楽しめます。

奈良・平安時代には遣唐使船最後の寄港地、中世以降は海外貿易の拠点として栄え、カトリック教会や神社仏閣、城跡や武家屋敷など数多くの歴史遺産が残っています。

●五島市観光協会のHPは、http://www.gotokanko.jp/

所在地:長崎県五島市東浜町2-3-1 TEL:0959-72-2963

五島隋一の絶景「大瀬崎断崖展望台」

「九州本土で最後に夕陽が沈むところ」として、九州本土最西端に位置し、東シナ海の荒海に面しています。

激しい風や波に打ちひしがれて浸食された断崖絶壁が作り出す壮大な風景は圧巻です。

海に突き出た場所に立つ白い灯台は青い海とのコントラストが美しく、 映画 「悪人」の中で最も象徴的なシーンが撮影された大瀬崎灯台です。

駐車場から灯台までは遊歩道が整備され、行き下り坂で片道20分ほど、帰り上り坂40分の道のりです。「日本の灯台50選」

井持浦教会

大村藩からの移住キリシタンが潜伏してきた。五島藩が塩造りの竈場で働せたという地区です。

1897年建立のレンガ造教会が台風で倒壊し、1988年にコンクリート造の現教会となりました。

1865年の大浦天主堂での信徒発見の7年前、フランスのルルドで聖母出現がありました。

当時の五島列島司牧の責任者ペルー神父は、1891年、バチカンにこのルルドの洞窟が再現されたと聞き、五島の信徒に呼びかけて各地の石を集め、1899年、日本で最初のルルドを作りました。

所在地:長崎県五島市玉之浦町玉之浦1243番地

壱岐島

東松浦半島の北北西約20km玄界灘に浮かぶ亀甲形の平坦な島「壱峻島」。

博多港と唐津東港から長崎県壱岐島へ行くことができ、高速船(約1時間)とフェリー(約2時間)が就航しています。

壱岐対馬国定公園「左京鼻」

壱岐対馬国定公園は、長崎県壱岐・対馬の海岸の景勝地を中心にした国定公園です。

壱岐誕生秘話の八本柱のひとつとして知られる広大な景色に存在感を示す左京鼻。

海鵜の糞で化粧したように白くなってはいるが、何とも美しく、自然美そのものです。

昔、永く雨が降らずに村人が困り果て途方に暮れていたのを左京和尚という人物が雨乞いをこの場所で三日行った。

それでも雨は降らず責任を感じこの崖から飛び込もうとしたが、その決意と決死の思いで雨が降ったとして言い伝えられています。

●壱岐観光ナビは、http://www.ikikankou.com/

所在地:長崎県壱岐市

はらほげ地蔵

はらほげ地蔵は、芦辺町の八幡浦の内海湾に面した海の中に赤い胸掛けをして立っている6体のお地蔵さんです。

丸い穴が胸掛の中にあいているので「腹ほげ地蔵」と言われています。

それは供え物が海水で流されないように、この穴に入れたようです。

この地蔵の由来はさだかでないが、この近くでは海女漁が行われており海難者の霊を弔った。

また疫病がはやりそのために祭られたとか、鯨の霊をとむらったとかいくつかの説があるようです。

壱岐市立一支国博物館

原の辻遺跡は弥生時代の環濠集落で「魏志」倭人伝に記された「一支国」の王都に特定された遺跡です。

この原の辻遺跡は「遺跡の国宝」にあたる国の特別史跡に指定されています。

日本で弥生時代の遺跡として特別史跡に指定されているのは、この他、登呂遺跡(静岡県)、吉野ヶ里遺跡(佐賀県)の2ヶ所だけです。

●壱岐市立「一支国博物館」のHPは、http://www.iki-haku.jp/

猿岩

黒崎半島のさらに先端にある高さ45mの海蝕崖の玄武岩。

そっぽを向いた猿にそっくりで、気紛れな自然の造形に驚かされます。

壱岐島誕生の神話によると、壱岐の国は生き島であり神様が海の中でこの島をお産みになったとき、流されてしまわないようにと八本の柱を立てて繋いだ。

その柱は折れ残り、今も岩となって折柱といわれていています。その八本の柱のひとつが猿岩です。

東洋一の黒崎砲台跡

猿岩の駐車場から歩いて1分の位置に東洋一の黒崎砲台跡があります。

対馬海峡を航行する敵の艦船を攻撃するために太平洋戦争のときに造られました。

口径41cmのカノン砲二門の要塞砲で普通は地下にもぐり海からは見えないようになっていたそうです。

1tの弾丸を35Kmも飛ばす威力があり玄界灘をすべて射程内にしていたとのことです。

鬼の窟

壱岐では横穴式石室古墳のことを「鬼の窟」と呼んでいます。

これは鬼でもなければこんな重い石は運べまいといった解釈から、6世紀後半~7世紀前半頃の築造されました。

石室は壱岐最大(全国12位)で全長16m、最大の天井石は4mもあり、当時の豪族・壱岐直の墳墓らしいといわれています。

島原の歴史を伝える名城「島原城」

「島原城」は、別名は森岳城。元和4年(1618)から松倉重政が7年3ヶ月の歳月を費やして島原半島中央部の森岳に築城しました。

子の勝家は島原の乱の責任を問われて所領没収・断罪。以後、高力忠房、松平忠房らが城主となり、松平氏の時代に明治維新を迎えました。

昭和39年に、五重五階の天守閣が復元されたほか、巽の櫓や丑寅の櫓も復元、それぞれが北村西望記念館や民具資料館になっています。

「天守閣・観光復興記念館・西望記念館、三館共通入館料:大人540円」

「駐車料金一般車両:320円」

●島原城のHPは、http://shimabarajou.com/

所在地:長崎県島原市城内1丁目1183-1 TEL:0957-62-4766

鯉の泳ぐまち

鯉の泳ぐ町は、水の町・島原を代表する風景です。

静かな街並みの約100mにわたる民家わきの水路を生かし約1500匹の鯉を放流、色とりどりの錦鯉が泳ぐ姿は、見る人の心を和やかにしてくれます。

水辺散策や市民の憩いの場としても人気スポットで、至る所に混沌と湧き出す名水は、町の数か所で飲むことができます。

湧水庭園「四明荘」

四明荘は、豊かな湧水を利用して造られた独特の風致景観から成る近代の住宅庭園であり、水屋敷として市民に親しまれてきた庭園の一つです。

四方の眺望に優れることから、主屋は「四明荘」呼ばれています。

島原市の中心街にありながら静寂な佇まいを醸し出しており、庭内にある池からは、沸々と湧き出る大小の池が3つあります。

1日約1,000トンの湧水量を誇る池には鯉が泳ぎ、庭内には赤松や楓など色々な植栽が施されており、見るものすべてを魅了します。

所在地:島原市新町二丁目 TEL:0957-63-1121

普賢岳「水なし本舗」道の駅

みずなし本陣ふかえは、雲仙普賢岳噴火による土石流災害の爪跡を保存した「土石流被災家屋保存公園」に隣接した道の駅です。

施設内には、この自然の脅威について学ぶことが出来る火山学習館や大火砕流体験館、地元の新鮮素材でおもてなしするお食事処、豊富な品ぞろえのお土産屋さんなど、飲食・物販・体験等の建物があります。

普賢岳のふもとに位置しており、日本で一番新しい山「平成新山」を一望することが出来きます。

●普賢岳「水なし本舗」道の駅のHPは、http://mizunashi-honjin.co.jp/

所在地:長崎県南島原市深江町丁6077  TEL:0957-72-7222

佐賀県の見所

焼き物の里と湯めぐり

日本磁器発祥地の有田、かつて陶磁器の積出港として栄えた伊万里、古くから茶人に愛された唐津焼で有名な唐津は佐賀の三大陶器です。

また、武雄のシンボルとしてそびえる朱塗りの楼門そばには老舗の武雄温泉と、日本三大美肌の湯として知られる嬉野温泉で温泉三昧、湯上りはすべすべ肌を実感します。

時間があれば、邪馬台国の世界を彷彿とさせる吉野ヶ原歴史公園がおススメです。

公園内では発掘調査の後に復元された当時の集落が見学でき、古代人の生活や文化を体験することができます。

嬉野温泉(佐賀県)

嬉野温泉は佐賀県嬉野市嬉野町にある温泉で、武雄温泉と並び県を代表する 「日本三大美肌の湯」は、佐賀県の嬉野温泉、島根県の斐乃上温泉、栃木県の喜連川温泉の3つの温泉のことをいいます。

なだらかな丘一面に広がる茶畑と、その間を縫うように流れる嬉野川。

1404年、平戸に渡来した唐人が栽培したのが始まりといわれる嬉野茶は、今も明時代の釜炒り手揉みの製法を伝えています。

そんなお茶の産地に湧くのが嬉野温泉です。お茶に含まれるビタミンCとカテキンが美肌効果をさらに高めています。

泉質:炭酸水素塩泉、塩化物泉

効能:神経痛、リウマチ、婦人病、胃腸病、皮膚病、貧血など

●嬉野温泉観光協会のHPは、https://spa-u.net/

所在地:佐賀県嬉野市嬉野町 TEL:0954-43-0137

武雄温泉

鮮やかな朱塗りの楼門がシンボルの武雄温泉は、およそ1300年前に書かれた「肥前風土記」に登場する。

古くは神功皇后や徐福も入ったと言われる古湯で、宮本武蔵やシーボルト、伊達政宗や伊能忠敬など多くの偉人が身を浸したとされ、今なお多くの温泉ファンに愛されています。

武雄温泉の泉質は、保温性が高く肌になじんでしっとりし、やわらかな湯ざわりが特徴で、昔から美人の湯と呼ばれています。

※武雄温泉のシンボル、「武雄温泉楼門」。

東京駅や日本銀行などを手掛けた佐賀県出身の辰野金吾博士「嘉永7年~大正8年(1854~1919)」が設計したもので、平成27年(2015)には建築100周年を迎えています。

実は温泉だけではない旅の楽しみとして、この建物と東京駅にまつわる干支の謎が、ちょっとした話題になっています。

泉質:弱アルカリ性の単純泉。

効能:疲労回復 神経痛 筋肉痛 関節痛 五十肩 関節のこわばり うちみ くじき 健康増

●武雄市観光協会のHPは、http://www.takeo-kk.net/

所在地:佐賀県武雄市武雄町昭和805  TEL:0954-23-7766

吉野ヶ里歴史公園

弥生時代は約700年間も続く長い時代ですが、吉野ヶ里遺跡は、この弥生時代の全ての時期の遺構・遺物が発見された学術的価値の高い遺跡です。

平成元年(1989年)に発掘され一躍日本中の注目を浴びた吉野ヶ里遺跡。

平成13年(2001年)「弥生人の声が聞こえる」をテーマに日本の優れた文化的資産の吉野ヶ里遺跡の保存と、当時の施設の復元や発掘した遺物の展示などを通じて、弥生時代を体験できる「国営吉野ケ里歴史公園」としてオープンしました。

「入園料大人:420円。駐車代金:310円」

●吉野ヶ里歴史公園のHPは、http://www.yoshinogari.jp/

所在地:佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手1843 TEL:0952-55-9333

陶磁器の積出港「伊万里」

江戸時代の伊万里は「伊万里津」という港町で,伊万里川に 河港がありました。

有田焼など肥前磁器の積出港としての役割が大きく,天保年間に街は、「千軒在所」の繁栄を見せました。

伊万里市の大川内山は、かつて鍋島藩の徹底した管理のもと「色鍋島」「鍋島染付」「鍋島青磁」などの傑作を生み出した藩窯があった山です。

三方を山に囲まれ、山水画を思わせる独特の風景はまさに「秘窯の里」。この大川内山には、製陶の秘法を守った関所、お経石窯や清原窯などの登り窯跡、陶工の家などが見事に再現されている「鍋島藩窯公園」があります。

所在地:佐賀県伊万里市伊万里町

日本磁器の発祥地「有田」

「日本磁器の発祥の地」有田。日本の多くの焼き物は陶器であるが、有田焼・九谷焼などは磁器である。

陶器が粘土を原料とするのに対し磁器は陶石を粉砕して水で練って使用します。

有田焼とは有田町およびその周辺で生産された磁器の総称で、伊万里港から船積みされて輸出されたために「伊万里焼」と呼ばれることもあります。

16世紀末に豊臣秀吉が朝鮮出兵した際、朝鮮半島から多くの陶工達が渡来し、その一人李参平が有田で良質の陶石が得られる「泉山陶鉱場」を発見した。

有田皿山に日本で初めて磁器の窯が造られ、これが有田焼(日本における最初の磁器)の発祥とされています。

17世紀中ごろから ヨーロッパに向けて有田焼の輸出が始まり、有田焼は広く海外に知られるようになりました。

有田焼は染付などの手法により、「古伊万里」「柿右衛門」「鍋島」の3系統の様式に大別されるが、一般には伊万里と柿右衛門様式が出回り、海外では「イマリ」 という名が有名です。所在地:佐賀県西松浦郡有田町

唐津城

唐津城は、豊臣秀吉の家臣、寺沢志摩守広高によって慶長7年(1602)から7年の歳月を費やして築城されました。

東西に伸びる松原が両翼を広げた鶴のように見えることから、別名「舞鶴城」と呼ばれています。

唐津城築城当初は、天守閣はありませんでしたが、昭和41年に文化観光施設として天守閣が建てられました。

天守閣内は郷土博物館となっており、唐津藩の資料や唐津焼などが展示され、唐津の歴史に触れることができます。

また、展望所からは玄界灘と虹の松原の雄大な景観や、松浦川と城下町唐津の風景をご覧いただけます。「入場料大人:500円」

●唐津城のサイトは、http://www.karatsu-bunka.or.jp/shiro.html

所在地:佐賀県唐津市東城内8-1 TEL:0955-72-5697

まとめ

九州の人気温泉地特集-長崎・佐賀編-をご紹介しました。

日本初の国立公園の温泉地、雲仙温泉や北九州屈指の名湯、嬉野温泉は特に人気の温泉スポットです。

九州旅行に行かれる際はぜひ参考にして下さい。

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